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日本にカジノができたら、パチンコはどうなるのか?その1
日本にカジノができたら、パチンコはどうなるのか?その2
日本にカジノができたら、パチンコはどうなるのか?その3
日本にカジノができたら、パチンコはどうなるのか?その4
◆日本にカジノができたら、パチンコはどうなるのか?その5
日本にカジノができたら、パチンコはどうなるのか?その6


〈日本機械学会論文発表〉

日本機械学会第1回論文発表 
日本機械学会第2回論文発表
日本機械学会第3回論文発表
日本機械学会第4回論文発表


〈図版〉

◆ 「日遊協」2011年10月号掲載、論文発表記事
「遊技通信」2011年11月号掲載、論文発表記事

 
〈著書〉

『パチンコ誕生 シネマの世紀の大衆娯楽』
◆『戦前からあった台湾のパチンコ』


更新情報


プロフィール
  コリントゲームシリーズT
コリントゲームと人生劇場








電子書籍 300円

 


      

 ●コリントゲームを知っていますか?

 戦前、コリントゲームという、日本国中で遊ばれ、人気を博した遊戯器があったことをご存知であろうか。今はその名を聞いても、ほとんどの人がわからないが、これがパチンコの元になったといわれたことで、かすかに記憶に残っている年配の方もいらっしゃるのではあるまいか。

 パチンコは、昭和初期、日本で生まれた独自の遊技機である。パチンコは第二次世界大戦後、日本の大衆娯楽として大発展した。だが、そのルーツは、平成の時代になってもわからず、パチンコ業界では長い間、コリントゲームが元であると報じていた。

 長いこと、パチンコのルーツはコリントゲームといわれてきたが、2008年、私は、『パチンコ誕生 シネマの世紀の大衆娯楽』(創元社)を出版し、パチンコの元が外国のウォールマシンであることを明かした。そしてウォールマシンがいかにしてパチンコに発展したかを記した。だが、コリントゲームがどこで、どのように誕生したのかは、紙面の都合で書くことができなかった。

コリントゲームが流行した後、コリントゲームとピンボールが合体し、スマートボールができる。スマートボールはコリントゲームと呼ばれていた時期もあった。

 初めパチンコは、台に玉が1個しかなく、その玉は台から外に出るものではなかった。出てきたのは、現金やトークン(代用貨幣)であった。現金等が出るパチンコはあからさまな賭博なので、警察当局が禁止する。昭和二桁になると、台から玉の出るスマートボールが登場する。スマートボールはコリントゲーム同様、玉と景品を交換するシステムであった。このシステムを真似、パチンコの第二の誕生ともいうべき、台から玉の出る、今では当たり前になったパチンコ機が登場する。

パチンコの業界人が、コリントゲームとともにスマートボールをパチンコの元という理由がここにある。

 ●人生劇場

 この電子書籍、『コリントゲームシリーズT コリントゲームと人生劇場』は、コリントゲームの元がイギリスのコリンシアン・バガテールであることを明かすとともに、日本でコリントゲームを最初に作った会社、コリント商会と、その周辺を綴ったものである。コリント商会の社長宅の近辺には、当時、多くの文士が住んでいた。コリントゲームが製造され、爆発的にヒットした頃、尾崎士郎がこの地で、代表作『人生劇場』を書いている。

 コリントゲームを知らずして、パチンコの歴史は語れない。



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