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パチンコとコリントゲーム 流行と禁止の歴史
パチンコは初めからギャンブル機として登場した。そのため、各県警から厳しい指導があり、度々禁止となる。パチンコ登場から数年して、コリントゲームが伝来し、大流行する。コリントゲームは家庭で遊ぶ遊戯器としては何ら問題はなかったのだが、コリントゲームで営業する者が現れ、これも禁止の憂き目に遭う。
パチンコ誕生博物館、通路の壁面掲示より
パチンコとコリントゲーム 流行と禁止の歴史@
パチンコとコリントゲーム 流行と禁止の歴史A
パチンコとコリントゲーム 流行と禁止の歴史B
コリントゲームは家庭用の遊戯器として、パチンコの後に登場し、1933(昭和8)年に大流行した。
各地で台から1銭や、トークン(代用貨幣)の出るパチンコが禁止となったため、コリントゲームの玉での得点システムを取り入れ、1937(昭和12)年、パチンコ台から景品玉を出すようになった。
台から玉の出るパチンコは、パチンコ第二の誕生である。
今日までパチンコが存続したのは、パチンコ台から玉が出たからである。
秋田県で1935(昭和10)年4月21日に、パチンコ営業が禁止されたことを伝える「秋田魁新報」