展 示 F 第6室 2階 |
映画で紐解く 正村ゲージ誕生@ |
闇市時代の1949(昭和24)年に封切られた、黒澤明監督の映画「野良犬」に、映画史上初めてパチンコが登場する。それは露店の遊技場で、ほんの一瞬だが、長崎一男により自動化される以前の丸いセンターケースが映し出される。 1951(昭和26)年の山本嘉次郎監督の映画「ホープさん」に登場する正村ゲージの台は、正村商会製ではない。 スクリーンに映し出されるメーカー不明のこの台は、正村商会が株式会社となる以前のものである。 1952(昭和27)年1月発行の『パチンコ必勝讀本』の表紙には、モナミの正村ゲージ台が使われている。同書には、当時、モナミの台が一番人気があったと記されている。 |
映画で紐解く 正村ゲージ誕生A |
1952(昭和27)年1月4日の朝日新聞に は、正村商会の記事が載っている。同新聞 の写真には正村商会と記されていないが、 写っている台には、正村ゲージの代名詞と も言える「天四本」の部分に風車が取り付 けられるようになっている。 1952(昭和27)年4月公開の映画「殺人 容疑者」(鈴木英夫監督)には、東京銀座 のモナミ系列のパチンコ店「太陽」が登場 し、モナミ製の正村ゲージ台が映し出され る。 1955(昭和30)年4月1日から、連発式 禁止令が施行され、全国の連発式パチンコ 台が廃棄処分となる。左図は翌4月2日の 朝日新聞の記事である。記事に添えられた 写真には、廃棄された当時大量に出回って いたオール10のパチンコ台が写っている。 この写真のオール10は、正村ゲージでは なく、下の「幻の正村商会製オール10」と 同じゲージ配列のパチンコ台である。 正村商会は、他社同様、正村ゲージとと もに、当時のオーソドックスなオール10の パチンコ台も製造していたのである。 |
幻の正村商会製オール10 1952(昭和27)年頃 |
正村ゲージはオール10から始まったといわれている。 だが、「正村竹一資料室パチンコミュージアム」には、オール10は展示されていなかった。 正村商会のオール10は、おそらく現存していないと思われていた。 だが、私はオール10を発見した。 それは正村ゲージではなかった。 この台のゲージ配列は、1955(昭和30)年の連発式禁止時の、朝日新聞の記事等に見られるオーソドックスなオール10である。 正村商会の二代目正村勝一氏と、正村竹一の一代記『天の釘』の著者でパチンコミュージアムをプロデュースした鈴木笑子氏は、この台をニセ物と断定した。その理由は、部品のいたる所に正村の刻印があることによるという。 ついでに記すと、『天の釘』に載っている正村ゲージオール15は連発式禁止後に、メーカーとして立ちゆかなくなった正村商会が、苦し紛れにセンターケース下に入賞口を一つ増やした正村ゲージとは呼べないものである。これについて、勝一氏と鈴木氏は、日工組の武内国栄氏がこれを正村ゲージの典型としているのだから、正村ゲージなのであると語っている。 私は、幻の正村商会製オール10に貼られたネームプレートから、これは絶対に正村商会製と確信している。正村竹一はニセの正村台を防ぐため、1953(昭和28)年3月30日、新たなネームプレートをデザインし、意匠登録の申請を行っている。この意匠は同年8月5日に登録されている。 |
謎の釘痕のある正村ゲージ台 |
正村勝一氏と鈴木笑子氏にニセ物と断定された、天釘上に釘 痕のある本物の正村商会製オール15(昭和27年頃) |
ニセ正村商会製オール15、1952(昭和27)年頃。 天釘上の釘痕まで真似た、村正商会製の完全なニセ物。 貼られている正村商会のネームプレートの住所を電話帳 他で詳しく調べると、昭和27年頃の製造と判明。正村商 会は他社がニセ物を作るほど、昭和27年に天釘上に謎の 釘痕のある正村ゲージ台を量産していた。 |